薄井憲二さんのバレエ・コレクション!

 
 Facebookやインスタグラムはアカウントだけ取ってそのまま放置しているし、ツイッターも現在はほぼ開店休業状態。SNSにはほとんど近寄らないわたしですが、たまに呟くと嬉しいこともあるもので…。
 
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 2017年12月24日未明、薄井憲二さんが亡くなられました。享年93。
 
 戦前からバレエの魅力に取り憑かれ、のちに日本バレエ協会の会長も務められた薄井さんには、1930年代から集め始めたという、世界有数とも言われる—個人のものとしてはたぶん世界最大クラスじゃなかろうか—バレエに関する文献・資料の一大コレクションがあります。それらは2006年に兵庫県立芸術文化センターに寄贈、「薄井憲二バレエ・コレクション」としてセンター内のギャラリーで少しずつですが定期的に一般公開されてきました。加えて美術館や県庁舎など、県内の公的施設でも幾度となく企画展が開催されていて、そのうちのいくつかは観に行ったことがあります。2013年に開催され話題を集めた『バレエ・マンガ 永遠なる美しさ』展(京都国際マンガミュージアム他、感想は→こちら)でも導入パートに登場しましたし、直近では2017年12月に京都市内の画廊で展覧会があったので喜び勇んで駆けつけたんですが、、、まさかその直後に訃報を知ることになるとは。
 
 
 芸文センター所蔵の「薄井憲二バレエ・コレクション」は、アイテム総数6,500点にものぼるといいます。意外に散逸しやすい公演プログラムや各種ポスター、チラシ類、往年のスター・ダンサーたちのブロマイド写真やノベルティ、さらには切手や個人的な手紙類などなど、きわめて貴重なものが多く含まれています。同センターではコレクション目録を2012年から刊行していて、全4巻の大判カタログとして、2016年無事に完結しました。
 
 ただしこの目録、残念ながら「非売品」なんですよね…。
 
 もちろんセンターにも問い合わせましたが一般向けの販売はないと言われ、せいぜいがあちこちで開かれている「薄井コレクション展」会場の片隅に置かれたものを、その場で閲覧させてもらうのが精一杯。いやあ、こういうのは自分ちでゆっくりじっくり読み込みたいんだけどなあ、どうにか市販されないかなあ(せめて一冊に纏めたダイジェスト版でもいいので)…という意味のことをツイッターで呟いていたところ、このたびご縁があって、拙ツイートを見たという関係者方面のかたから4冊一揃えをお譲りいただけることとなりました。なんという僥倖…! さては一生分の幸運をここで使い切ったか。
 
Usui_collections●兵庫県立芸術文化センター 薄井憲二バレエ・コレクション
 第1巻 プログラム・バレエ台本 2012年3月発行
 第2巻 書籍類・雑誌      2013年3月発行
 第3巻 アンティーク・プリント・手紙・サイン・切手他 2014年3月発行
 第4巻 衣装・小物類・写真・ポストカード・ドキュメント他・補遺 2016年3月発行
 
 総監修:薄井憲二
 監 修:芳賀直子(1〜3巻)/関典子(第4巻)
 編 集:辺見海
 デザイン:中岡一貴(アトリエ・シーレ)
 
 届いたその夜からは毎晩、お気に入りのスコッチをちびちび飲りながらページをめくっており、すっかり晩酌のお供になってます。個人的に興味があるのが主に<ディアギレフとバレエ・リュス>関係なので、その周辺はひときわ熱心に。
 たとえば第2巻冒頭に掲載されている図版〈Seven-wood-cuts of Nijinsky〉。これは1910年代に出版された画集で、作者はDorothy Mullockというひと。ワツラフ・ニジンスキーの舞台衣装および決めポーズを描いた七枚セットの版画集なんですが、実はこれ、他の資料では見かけたことがないんですね。
 わたくし、バレエ・リュス関係ならば展覧会図録や大判の輸入美術書をこれまで何冊も買い集めてきたので、主な画像ならたいてい見知っているはず、なんて思っていたのに…。ちなみにこのうち2枚だけなら芳賀直子さん編の『ICON 伝説のバレエ・ダンサー、ニジンスキー妖像』(講談社/2007年7月刊/ISBN978-4-06-213955-7)に大きく掲載されてますが、シリーズ全作品の絵柄となると、おそらくは本誌でしか見られないのでは。
 そういう、<ここでしか見られない>超貴重なものが惜しげもなく並んでいるので、ひとつひとつをゆっくり眺めているだけで時間があっという間に過ぎてしまいます。特に第3巻はページの大半を図版が占めていて圧巻。上で触れた『バレエ・マンガ展』に出品されていたニコライ・レガットのカリカチュア作品も、この巻に(1点のみですが)収録されています。
 
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 1924年生まれの薄井さんがバレエに関心をもつきっかけとなったのは、中学生になる前にレコード店で偶然聴いた『火の鳥』(ストラヴィンスキー)に衝撃を受けたからだそう。この曲は1910年のバレエ・リュス公演のために作られたもので、ストラヴィンスキーの名前を一躍高めたことでも知られています。薄井さんは『火の鳥』を通じてバレエ・リュスを知り、やがて本格的にバレエの世界に飛び込むことになります。

三浦 自身の進路について、どう思っておられたのですか。
薄井 真剣に考え始めたのは、自分が実際にバレエを始める前後です。古本屋でバレエの本を熱心に探した。弟が宮益坂の本屋で、ディアギレフ・バレエの一九二八年『ロミオとジュリエット』(バランシン、ニジンスカ)初演プログラムと、バレエ・リュス・ド・モンテカルロの一九三三年プログラムを買ってきた。私はびっくり仰天しました。
三浦 それはすごいですね。
薄井 次の日すぐにその本屋に行ったら、一九三二年のバレエ・リュス・ド・モンテカルロの旗揚げ公演の大きいプログラムもあったんです。古本屋を探すと何かあるんだとわかって、あっちこっちに行って探しました。
三浦 その段階からバレエ史の研究に関心が向かっていたんですね。
薄井 戦前から戦中にかけて、ディアギレフやその周辺に関する知識は、海綿が吸い込むように吸収していました。(ダンスマガジン1998年7月号『総力特集=ディアギレフとバレエ・リュス』より「ダンスマガジン・インタビュー/バレエ・リュスに憧れて フォーキンからバランシンまで/薄井憲二——三浦雅士」pp.43-44/新書館)

引用した対談からはコレクション開始直後の熱気が伝わってくるかのようであり、そもそものスタートがバレエ・リュスだったことも窺える記事として、たいへん興味深いものです。先に「1930年代から収集を始めた」と書きましたが、つまり当時の日本の古本市場には、すでにこれだけのモノが流通していたってことなんですよねえ。はぁすごい。

そして、ここで語られている公演プログラムたちは、当然ながら薄井コレクションの大きな柱のひとつであり、目録第1巻のメイン・コンテンツでもあります。一部ではあるけれども表紙の写真が付いた詳細なリストを眺めているだけでご飯が何杯も…いや違った。晩酌だからお酒のおかわりが何杯も…進むんですね。
 
 
 というわけで、全4冊のコレクション目録の熟読はもちろんのこと、それをベース基地として手持ちの他の関連書籍や雑誌、図録、画集、写真集などをとっかえひっかえ狩猟する日々が、このところの日課となっているのであります。買い置きしていたスコッチの消化率が早いったらありゃしない。明日にでももう一本買ってこなきゃ…って、あたしゃアル中かよ。
 ま、くれぐれも飲み過ぎには注意しませう。
Ballets_russes
 

2018 04 08 [dance around, design conscious] | permalink | comment (0) | trackback (0) このエントリーをはてなブックマークに追加


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